2012年05月18日
初サポート。
どうも、お古です。
TAやってます。
しかも5月から7月までの期間限定。
いきなり説明になりますが、
私お古は、先週から日本文化学科の基礎演習Ⅰという講義のサポートを行っています。
さて、どんなことをするのか。
この日文基礎演の講義ではライティングスキルの向上を目指すということで初年次の学生さんが要約文を書いています。
要はその要約のお手伝いをするわけです。
講義中に学生さんの質問に対応したり、学生の書いた要約文を添削したりということを行っていくわけです。
すでに、先生との打ち合わせを終えて、要約文の添削作業や実際に(1コマだけですが)講義に入ってサポートを行っているわけですが・・・まぁ常に能力の限界を感じていますね。
自問自答。
TAをやってみての感想は?
それはTAをやってみた人にしか分からないですねぇ。
これからちょいちょいお古の悪戦苦闘を綴っていきます。
TAやってます。
しかも5月から7月までの期間限定。
いきなり説明になりますが、
私お古は、先週から日本文化学科の基礎演習Ⅰという講義のサポートを行っています。
さて、どんなことをするのか。
この日文基礎演の講義ではライティングスキルの向上を目指すということで初年次の学生さんが要約文を書いています。
要はその要約のお手伝いをするわけです。
講義中に学生さんの質問に対応したり、学生の書いた要約文を添削したりということを行っていくわけです。
すでに、先生との打ち合わせを終えて、要約文の添削作業や実際に(1コマだけですが)講義に入ってサポートを行っているわけですが・・・まぁ常に能力の限界を感じていますね。
自問自答。
TAをやってみての感想は?
それはTAをやってみた人にしか分からないですねぇ。
これからちょいちょいお古の悪戦苦闘を綴っていきます。
2012年05月15日
5月15日は何の日?
んちゃ。
玻名城です。
今日は、5月15日。
みなさん、ご存じのとおり、沖縄が日本に復帰した日です。
今日で復帰して40年の節目です。
本日の沖縄県内新聞各紙の社説は、次のとおりでしたね。
琉球新報
沖縄タイムス
沖縄国際大学は、復帰でどう変わったのでしょうか?
法的には「沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律」によって、沖縄国際大学は琉球政府の下で「沖縄の学校教育法」の規定により設立されていた大学だったのが、日本の学校教育法の規定による大学として認められました。
また、その頃、沖縄国際大学が直面した大きな課題は何だったのでしょうか?
以前にも紹介した「沖縄国際大学10年史」によると。
通貨の日本円への切り替えにより、「学費読み替え問題」が発生していたことが分かります。
この頃、変動相場制への移行により、従来1ドル=360円だったレートは復帰時には1ドル=305円になりました。
いわゆる、ニクソン・ショックってやつです。
その頃、沖縄県が日本政府に送った要請書が、沖縄県公文書館(【資料名等】通貨の即時切替えに関する要請書 昭和46年12月)に残されています。
沖縄県公文書館HPに記載の解説によると。
こういった経緯や影響もあって、当時の沖縄国際大学理事会は、学費の円・ドル換算を1ドル360円と決定しました。
360円と305円。
その差額によって生じた実質的な学費値上がりを巡って、学生と大学側の激しいやり取りが、沖縄国際大学10年史には記されています。
その当時の学費はいくらだったのか?
1972年2月4日付の沖縄タイムスによると。
入学金 2万円
授業料 7万2千円
施設費 1万8千円
合計 11万円
と記されていました
ちなみに沖縄国際大学の今の学費は、HPで公開されています。
あの頃と今の学費と比較すると、40年という時の流れを感じます。

そして、これから10年後。
復帰50年を迎えます。
沖縄国際大学も50周年を迎えます。
今よりも10年後がもっと良くなっていますように。

どうか、宜野湾市の地図が変わりますように。
そうなることを、強く強く願って。
ばいちゃ。
玻名城です。
今日は、5月15日。
みなさん、ご存じのとおり、沖縄が日本に復帰した日です。
今日で復帰して40年の節目です。
本日の沖縄県内新聞各紙の社説は、次のとおりでしたね。
琉球新報
沖縄タイムス
沖縄国際大学は、復帰でどう変わったのでしょうか?
法的には「沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律」によって、沖縄国際大学は琉球政府の下で「沖縄の学校教育法」の規定により設立されていた大学だったのが、日本の学校教育法の規定による大学として認められました。
また、その頃、沖縄国際大学が直面した大きな課題は何だったのでしょうか?
以前にも紹介した「沖縄国際大学10年史」によると。
通貨の日本円への切り替えにより、「学費読み替え問題」が発生していたことが分かります。
この頃、変動相場制への移行により、従来1ドル=360円だったレートは復帰時には1ドル=305円になりました。
いわゆる、ニクソン・ショックってやつです。
その頃、沖縄県が日本政府に送った要請書が、沖縄県公文書館(【資料名等】通貨の即時切替えに関する要請書 昭和46年12月)に残されています。
沖縄県公文書館HPに記載の解説によると。
琉球政府が日本政府に出した要請書。1971年8月28日のいわゆるニクソン・ショックによって外国為替変動相場制に移行してから、円高ドル安の傾向が続いていました。このことから、ドルから円に交換する時点で受取額が大きく減少することが予測され、沖縄住民の不安は広がっていました。
この要請書では、琉球政府は「沖縄県民は、自らの意志によって異民族の支配を受けているのではなく、好んでドルを通貨として使用しているものでもないのであって、すべては日米両政府の一方的な決定によるものである。従って国は、この通貨問題によっていささかも県民に不利益を与えないため、その抜本的措置を講ずるようこれまで繰り返し要請してきた。しかるに今日までそれが実現されていないことは甚だ遺憾である」と、強く批判しています。
従来1ドル=360円だったレートは復帰時には1ドル=305円になっていました。この差額は、後に特別給付金によって限定的ながら補填されました。
こういった経緯や影響もあって、当時の沖縄国際大学理事会は、学費の円・ドル換算を1ドル360円と決定しました。
360円と305円。
その差額によって生じた実質的な学費値上がりを巡って、学生と大学側の激しいやり取りが、沖縄国際大学10年史には記されています。
その当時の学費はいくらだったのか?
1972年2月4日付の沖縄タイムスによると。
入学金 2万円
授業料 7万2千円
施設費 1万8千円
合計 11万円
と記されていました
ちなみに沖縄国際大学の今の学費は、HPで公開されています。
あの頃と今の学費と比較すると、40年という時の流れを感じます。

そして、これから10年後。
復帰50年を迎えます。
沖縄国際大学も50周年を迎えます。
今よりも10年後がもっと良くなっていますように。

どうか、宜野湾市の地図が変わりますように。
そうなることを、強く強く願って。
ばいちゃ。
2012年05月11日
International Coffee Hour
こんにちは、ヒガッスです。
4月27日(金)に行われた、国際交流センター主催の「International Coffee Hour」に参加させていただきました。
本イベントは、新年度を迎え新たな環境で戸惑いや悩みを抱えている学生、また国際交流センターになかなか足を運ぶことができない学生、さらに外国に興味を持つ学生への橋渡しとして、留学生と沖国学生が気軽に触れ合うことのできる時間を設け、今後のきっかけづくりになればとの思いで初の試みとして開催されました。

当日は、台湾や中国、韓国の留学生をはじめ、沖国学生も多くの参加者がいました。

会場の雰囲気はとても和やかで、皆さんフレンドリーに接し、すぐに打ち解けていました。

留学生の方へお話を伺いました。
留学生の方へ沖国大を選択した理由を問うと、「『まだまだ勉強したいという気持ち』、『自分たちの国から近い沖縄で学びたいという気持ち』があるため、今現在も勉学に励んでいる」とお話してくれました。
沖国学生の中には、「沖国大に入学し、国際交流をしたい」という考えのもと、今回のイベントへ参加をした学生もいました。
今回のイベントでは、カードゲーム・UNOやジェンガといったゲームを通し、会話や場が盛り上がっていました。また、ひとつの遊びをきっかけに交流ができたと感じた時間でした。



イベント終盤では、留学生と沖国学生が共に楽しい時間を過ごすことができ、交流をすることができたからこそ、お互いのデジカメや携帯を使用し、記念写真を撮影する姿が見られました。さらに、皆さんの表情からは写真撮影を終えても名残惜しい様子も伺えました。
今回のイベントは初めての試みながら、学生の盛り上がりや表情などから有意義な時間を過ごすことができたと言えるのではないでしょうか。
次回が楽しみです。(*^_^*)
4月27日(金)に行われた、国際交流センター主催の「International Coffee Hour」に参加させていただきました。
本イベントは、新年度を迎え新たな環境で戸惑いや悩みを抱えている学生、また国際交流センターになかなか足を運ぶことができない学生、さらに外国に興味を持つ学生への橋渡しとして、留学生と沖国学生が気軽に触れ合うことのできる時間を設け、今後のきっかけづくりになればとの思いで初の試みとして開催されました。
当日は、台湾や中国、韓国の留学生をはじめ、沖国学生も多くの参加者がいました。
会場の雰囲気はとても和やかで、皆さんフレンドリーに接し、すぐに打ち解けていました。
留学生の方へお話を伺いました。
留学生の方へ沖国大を選択した理由を問うと、「『まだまだ勉強したいという気持ち』、『自分たちの国から近い沖縄で学びたいという気持ち』があるため、今現在も勉学に励んでいる」とお話してくれました。
沖国学生の中には、「沖国大に入学し、国際交流をしたい」という考えのもと、今回のイベントへ参加をした学生もいました。
今回のイベントでは、カードゲーム・UNOやジェンガといったゲームを通し、会話や場が盛り上がっていました。また、ひとつの遊びをきっかけに交流ができたと感じた時間でした。
イベント終盤では、留学生と沖国学生が共に楽しい時間を過ごすことができ、交流をすることができたからこそ、お互いのデジカメや携帯を使用し、記念写真を撮影する姿が見られました。さらに、皆さんの表情からは写真撮影を終えても名残惜しい様子も伺えました。
今回のイベントは初めての試みながら、学生の盛り上がりや表情などから有意義な時間を過ごすことができたと言えるのではないでしょうか。
次回が楽しみです。(*^_^*)
2012年05月07日
GW明け。
んちゃ。
玻名城です。
GW終わりましたね。
みなさんは楽しく過ごせましたか?
さて。
教学課において、最もGWらしいGWを過ごした藤井さんより。
下記の写真を提供頂きました。

富士芝桜まつりに行ったときのパシャだそうです。
びゅーちふる!!
そして。
自称 神奈川県大和市観光大使!?の藤井さんよりお土産もありました。
美味しく頂きました。

レーズンクッキー&フロレンツァーミレーの詰合せ!!
大和市といえばコレ!
なんだとか。
お取り寄せも可能みたいです。
さりげなく、PRをば。
今日は、コレ食べながら。
休みボケを解消していく予定です。
今日から、心機一転です。
たぶん・・・。
ばいちゃ。
玻名城です。
GW終わりましたね。
みなさんは楽しく過ごせましたか?
さて。
教学課において、最もGWらしいGWを過ごした藤井さんより。
下記の写真を提供頂きました。

富士芝桜まつりに行ったときのパシャだそうです。
びゅーちふる!!
そして。
自称 神奈川県大和市観光大使!?の藤井さんよりお土産もありました。
美味しく頂きました。

レーズンクッキー&フロレンツァーミレーの詰合せ!!
大和市といえばコレ!
なんだとか。
お取り寄せも可能みたいです。
さりげなく、PRをば。
今日は、コレ食べながら。
休みボケを解消していく予定です。
今日から、心機一転です。
たぶん・・・。
ばいちゃ。
2012年04月25日
「2011年度春期海外語学・文化セミナー」インタビュー その2
どうも、お古です。
ちゃんとフィナンシェ頂きました。
美味しかったです。
さて、前回に引き続きインタビューその2です。
鉢嶺紋加さん(はちみねあやか)・英米言語文化学科4年次
オーストラリア(マッコーリー大学)へ短期留学

お古「どうも、よろしくお願いします。はじめに、短期留学をしようと思った理由をおしえて下さい。」
鉢嶺「留学はしてみたいと思っていて貯金はしていたんですが、具体的な事はなにも決まっていませんでした。友達からこの短期留学のことを聞いて、これをきっかけに、一年間の留学への足がかりになるだろうと考えて参加しました。オーストラリアを選んだのは英語圏に行きたいと思ったからです。」
お古「次に、留学中どのようなことをしたのかおしえて下さい。」
鉢嶺「授業は8時半から12時半までありました。クラスがG1からG4まであって、私はG2クラスでした。人数が少なかったので、一人一人見てくれました。授業の後や休日にはボランティア学生と一緒に遊びに行ったりしました。」
お古「バディーの方と遊びに行ったんですね。」
鉢嶺「それとは別です。現地の学生で日本語を専攻していて、日本への留学経験もあると言っていました。日本のアニメや歌が好きだそうです。一緒にカラオケに行きましたよ。」
お古「カラオケって向こうにもあるんですね。」
鉢嶺「そこでおにぎりも売っていましたよ。」
お古「留学中印象に残っている出来事はありますか。」
鉢嶺「電車に乗ってオペラハウスに行った時のことなんですが、男の人に話しかけられてお互いに記念写真を取り合うことになったんです。もちろん英語で会話していたんですが、お互い「日本人だ」ということになって、その人、病院の研修生で私よりも2週間前に来ていたそうで、留学中、その人にいろいろと観光地を案内してもらいました。」
お古「沖縄と違うなと思ったところはありますか。」
鉢嶺「海ですね。沖縄の海とはちがいます。みんなサーフィンをしていて、私もやり方を教えてもらってサーフィンをしました。」
鉢嶺さんはホストファミリーのお世話になっていたそうですが、(ちなみに、上原さんは留学先の大学の寮で生活をしていたそうです。)ホストファミリーにもいろいろあるそうで、積極的に一緒に遊びに連れて行ってくれるフレンドリーな家族もいれば、「好きに遊んできていいよ」という放任主義の家族もいるそうです。鉢嶺さんの場合、数名の留学生を同時に受け入れていて、割と放任主義だったとか。でも、2歳と9歳の男の子がいて、ずっと話しかけてくれて英語の勉強になったそうです。
また、留学中「日本人が冷たく感じるくらい周りの人が親切だった。」と話して下さる鉢嶺さん。本当に親切にしてもらえたんだと感じる一方で、鉢嶺さんの闊達な様子が周りの人をそうさせたんだろうとも感じました。
お古「留学先で学んだことや留学を通して成長したと思うことをおしえて下さい。」
鉢嶺「毎日文章を書く宿題があったので、書く力が上がったと思います。クラスには韓国人、中国人、サウジアラビア、と普段接することが出来ない人達と交流ができて、いろいろな考え方に触れて視野が広がりまたした。また、積極的に動く事が大事だと思いました。留学中はほとんどが自由行動で、友達になった人にどんどん声を掛けて遊びに連れて行ってもらったので楽しかったです。でも、そうしないとせっかく留学しても楽しむことができなかったですね。」
お古「では最後に今後の目標をおしえて下さい。」
鉢嶺「卒業後にもう一度オーストラリアへ、今度は一年間留学しようと思っています。」
お古「ありがとうございました。」
インタビューを終えて
今回は上原さんと鉢嶺さんお二人にインタビューをしたのですが、一口に留学と言っても経験したことや感じたことは千差万別だ。と思いました。他の方にもインタビューをしてみるともっと違う話が聞けたかも知れないですね。
でもでも、タクシーや電車にひょいと乗れてしまう行動力と語学を学ぼうとする姿勢、その積極性はお二人に共通していることだと思います。
また、ボランティア学生やバディーと言われる学生の支援の在りようは留学生にとって心強かったのではないかと思いました。
来月には私もTAとして授業のサポートをするわけですが、上原さんと鉢嶺さんお二人の話を聞いていると、授業を受ける学生にどのような支援ができるのか、学び合えるような関係を築くことができるのか。私自身の積極性やコミュニケーション能力が問われているような気がしました。今回はまじめなお古ですね。とにかく、留学先での雰囲気や楽しさが少しでも伝われば良いなという思いで書いたので、それが伝わっていればそれでいいのだ。
上原紀子さん、鉢嶺紋加さん、貴重なお話、ありがとうございました。
ちゃんとフィナンシェ頂きました。
美味しかったです。
さて、前回に引き続きインタビューその2です。
鉢嶺紋加さん(はちみねあやか)・英米言語文化学科4年次
オーストラリア(マッコーリー大学)へ短期留学

お古「どうも、よろしくお願いします。はじめに、短期留学をしようと思った理由をおしえて下さい。」
鉢嶺「留学はしてみたいと思っていて貯金はしていたんですが、具体的な事はなにも決まっていませんでした。友達からこの短期留学のことを聞いて、これをきっかけに、一年間の留学への足がかりになるだろうと考えて参加しました。オーストラリアを選んだのは英語圏に行きたいと思ったからです。」
お古「次に、留学中どのようなことをしたのかおしえて下さい。」
鉢嶺「授業は8時半から12時半までありました。クラスがG1からG4まであって、私はG2クラスでした。人数が少なかったので、一人一人見てくれました。授業の後や休日にはボランティア学生と一緒に遊びに行ったりしました。」
お古「バディーの方と遊びに行ったんですね。」
鉢嶺「それとは別です。現地の学生で日本語を専攻していて、日本への留学経験もあると言っていました。日本のアニメや歌が好きだそうです。一緒にカラオケに行きましたよ。」
お古「カラオケって向こうにもあるんですね。」
鉢嶺「そこでおにぎりも売っていましたよ。」
お古「留学中印象に残っている出来事はありますか。」
鉢嶺「電車に乗ってオペラハウスに行った時のことなんですが、男の人に話しかけられてお互いに記念写真を取り合うことになったんです。もちろん英語で会話していたんですが、お互い「日本人だ」ということになって、その人、病院の研修生で私よりも2週間前に来ていたそうで、留学中、その人にいろいろと観光地を案内してもらいました。」
お古「沖縄と違うなと思ったところはありますか。」
鉢嶺「海ですね。沖縄の海とはちがいます。みんなサーフィンをしていて、私もやり方を教えてもらってサーフィンをしました。」
鉢嶺さんはホストファミリーのお世話になっていたそうですが、(ちなみに、上原さんは留学先の大学の寮で生活をしていたそうです。)ホストファミリーにもいろいろあるそうで、積極的に一緒に遊びに連れて行ってくれるフレンドリーな家族もいれば、「好きに遊んできていいよ」という放任主義の家族もいるそうです。鉢嶺さんの場合、数名の留学生を同時に受け入れていて、割と放任主義だったとか。でも、2歳と9歳の男の子がいて、ずっと話しかけてくれて英語の勉強になったそうです。
また、留学中「日本人が冷たく感じるくらい周りの人が親切だった。」と話して下さる鉢嶺さん。本当に親切にしてもらえたんだと感じる一方で、鉢嶺さんの闊達な様子が周りの人をそうさせたんだろうとも感じました。
お古「留学先で学んだことや留学を通して成長したと思うことをおしえて下さい。」
鉢嶺「毎日文章を書く宿題があったので、書く力が上がったと思います。クラスには韓国人、中国人、サウジアラビア、と普段接することが出来ない人達と交流ができて、いろいろな考え方に触れて視野が広がりまたした。また、積極的に動く事が大事だと思いました。留学中はほとんどが自由行動で、友達になった人にどんどん声を掛けて遊びに連れて行ってもらったので楽しかったです。でも、そうしないとせっかく留学しても楽しむことができなかったですね。」
お古「では最後に今後の目標をおしえて下さい。」
鉢嶺「卒業後にもう一度オーストラリアへ、今度は一年間留学しようと思っています。」
お古「ありがとうございました。」
インタビューを終えて
今回は上原さんと鉢嶺さんお二人にインタビューをしたのですが、一口に留学と言っても経験したことや感じたことは千差万別だ。と思いました。他の方にもインタビューをしてみるともっと違う話が聞けたかも知れないですね。
でもでも、タクシーや電車にひょいと乗れてしまう行動力と語学を学ぼうとする姿勢、その積極性はお二人に共通していることだと思います。
また、ボランティア学生やバディーと言われる学生の支援の在りようは留学生にとって心強かったのではないかと思いました。
来月には私もTAとして授業のサポートをするわけですが、上原さんと鉢嶺さんお二人の話を聞いていると、授業を受ける学生にどのような支援ができるのか、学び合えるような関係を築くことができるのか。私自身の積極性やコミュニケーション能力が問われているような気がしました。今回はまじめなお古ですね。とにかく、留学先での雰囲気や楽しさが少しでも伝われば良いなという思いで書いたので、それが伝わっていればそれでいいのだ。
上原紀子さん、鉢嶺紋加さん、貴重なお話、ありがとうございました。
2012年04月24日
小休止。
んちゃ。
玻名城です。
学部秘書のお姉様より。
お土産を頂きました。
じゃ~ん。

ディズニーランドのお土産です。
中には、「フィナンシェ」というお菓子が入ってました。
フィナンシェ?
マドレーヌとは何が違うの?
と思い、ググってみました。
2件のサイトが参考になりやした。
http://r.tabelog.com/tokyo/A1313/A131302/13058420/dtlrvwlst/779336/
http://www.sweets-tip.com/buttercake/s060020.shtml
なるほどです。
お古とヒガッスは、本日OFFなので。
明日のおやつですね。
今日で食べずに、残っていればね ( ̄▽ ̄)
ばいちゃ。
玻名城です。
学部秘書のお姉様より。
お土産を頂きました。
じゃ~ん。

ディズニーランドのお土産です。
中には、「フィナンシェ」というお菓子が入ってました。
フィナンシェ?
マドレーヌとは何が違うの?
と思い、ググってみました。
2件のサイトが参考になりやした。
http://r.tabelog.com/tokyo/A1313/A131302/13058420/dtlrvwlst/779336/
http://www.sweets-tip.com/buttercake/s060020.shtml
なるほどです。
お古とヒガッスは、本日OFFなので。
明日のおやつですね。
今日で食べずに、残っていればね ( ̄▽ ̄)
ばいちゃ。
2012年04月23日
「2011年度春期海外語学・文化セミナー」インタビュー その1
どうも、お古です。
前回、海外語学・文化セミナーの帰国報告会の様子をお伝えしました。
今回は、帰国報告会で報告していた学生さんへのインタビューの内容をお伝えします。
上原紀子さん(うえはら きこ)・英米言語文化学科3年次
台湾(東海大学)へ短期留学
前回、海外語学・文化セミナーの帰国報告会の様子をお伝えしました。
今回は、帰国報告会で報告していた学生さんへのインタビューの内容をお伝えします。
上原紀子さん(うえはら きこ)・英米言語文化学科3年次
台湾(東海大学)へ短期留学
お古「どうも、よろしくお願いします。はじめに、短期留学をしようと思った理由をおしえて下さい。」
上原「高校の時から身近に中国人の友達がいたということと、大学の科目で中国語を取っていた時に、ぱっと中国語が出せなくて、それで日常から変えたいと思ったからです。」
お古「次に、留学中どのようなことをしたのかおしえて下さい。」
上原「平日は8時半から12時半まで(途中2時間休憩)授業がありました。少人数で一人一人に細かく指導してもらえたし、勉強したことをすぐ街で実践することができてとても良い環境で語学を学ぶことができました。早稲田や大分、山口大学からも留学生が来ていたんですが、私はほとんど現地のバディーと行動していました。」
お古「バディーってなんですか?」
上原「現地の学生で日本語を勉強していて、ボランティアで私たちの生活面をサポートしてくれる方です。仲良くなって、電話で呼んだら20分で来てくれるんですよ。」
お古「すごいですね。」
上原「何があってここまでしてくれるんだろうと思うくらい優しくしてくれました。行きたい場所があると事前に調べてきてくれて、情報を提供してくれるんです。」
お古「すごい。どんな会話をするんですか。」
上原「親日家の方で、日本のアイドルのことやテレビ番組の話をしました。中国語や日本語で会話をしたり内容が深くなると英語になったりしていました。」
このあと、台湾の物価が安いことや台北(タイペイ)にプチ観光に行ったときにバスに乗り遅れておいてかれた話などを聞きました。ちなみにどれくらい物価が安いかというと、「モスバーガーのテリヤキバーガーセットが350円。」だそうです。これは確かに安い。さらに、買い物する時は元の値段より安く買えるように交渉したとか。道に迷っても「タクシーを捕まえて大学名を言えば帰れるから大丈夫です。」と楽しそうに話して下さる上原さんが凄すぎます。インタビューしながら感嘆しっぱなしでした。
お古「留学先で学んだことや留学を通して成長したと思うことをおしえて下さい。」
上原「留学期間が三週間と短くて、その短期間の内にどれだけ学べるか懸命だったのでアクティブな習慣が身についたと思います。のんびり何も考えない時間が減りました。普段の生活でも興味があるとすぐ行動するようになりました。」
お古「それでは最後に今後の目標をおしえて下さい。」
上原「これからも中国語を勉強していきたいと思います。それから、私が留学先でされたように、今、沖国大に来ている留学生をもてなしたいですね。そういったことが留学中お世話になった方達への恩返しになると思います。」
お古「ありがとうございました。」
上原「高校の時から身近に中国人の友達がいたということと、大学の科目で中国語を取っていた時に、ぱっと中国語が出せなくて、それで日常から変えたいと思ったからです。」
お古「次に、留学中どのようなことをしたのかおしえて下さい。」
上原「平日は8時半から12時半まで(途中2時間休憩)授業がありました。少人数で一人一人に細かく指導してもらえたし、勉強したことをすぐ街で実践することができてとても良い環境で語学を学ぶことができました。早稲田や大分、山口大学からも留学生が来ていたんですが、私はほとんど現地のバディーと行動していました。」
お古「バディーってなんですか?」
上原「現地の学生で日本語を勉強していて、ボランティアで私たちの生活面をサポートしてくれる方です。仲良くなって、電話で呼んだら20分で来てくれるんですよ。」
お古「すごいですね。」
上原「何があってここまでしてくれるんだろうと思うくらい優しくしてくれました。行きたい場所があると事前に調べてきてくれて、情報を提供してくれるんです。」
お古「すごい。どんな会話をするんですか。」
上原「親日家の方で、日本のアイドルのことやテレビ番組の話をしました。中国語や日本語で会話をしたり内容が深くなると英語になったりしていました。」
このあと、台湾の物価が安いことや台北(タイペイ)にプチ観光に行ったときにバスに乗り遅れておいてかれた話などを聞きました。ちなみにどれくらい物価が安いかというと、「モスバーガーのテリヤキバーガーセットが350円。」だそうです。これは確かに安い。さらに、買い物する時は元の値段より安く買えるように交渉したとか。道に迷っても「タクシーを捕まえて大学名を言えば帰れるから大丈夫です。」と楽しそうに話して下さる上原さんが凄すぎます。インタビューしながら感嘆しっぱなしでした。
お古「留学先で学んだことや留学を通して成長したと思うことをおしえて下さい。」
上原「留学期間が三週間と短くて、その短期間の内にどれだけ学べるか懸命だったのでアクティブな習慣が身についたと思います。のんびり何も考えない時間が減りました。普段の生活でも興味があるとすぐ行動するようになりました。」
お古「それでは最後に今後の目標をおしえて下さい。」
上原「これからも中国語を勉強していきたいと思います。それから、私が留学先でされたように、今、沖国大に来ている留学生をもてなしたいですね。そういったことが留学中お世話になった方達への恩返しになると思います。」
お古「ありがとうございました。」
次回は
もう一人の方にインタビューできましたので、その内容をお伝えしたいと思います。
2012年04月17日
「千と千尋の神隠し」のモデル。
んちゃ。
玻名城です。
昨日、お古さんより、国際交流センター主催の帰国報告会の記事がUPされましたが。
私も実は、後方でひっそりと聞いていました。
お古さん同様に。
台湾の『九份』の街の風景に。
「行ってみたい」と。
もの凄くテンションが上がった1人です。
実は、後ろから見ていて、九份のスライドが出たときの学生のざわめきが一番大きかったと記憶してます。
私だけではなく、参加していた多くの学生が。
「いつかは行きたい」という思いを持ったのかもしれません。
帰国報告会という場で。
学生同士で「思い出」を語り合うことで。
海外語学・文化セミナーに参加しなかった学生とも体験を共有する。
そして、その体験に共感することで、「セミナーに行ってみたい」と、多くの学生が主体性を持ち始める。
そんな瞬間だったのではないかと感じています。
よく「思い出話に花を咲かせる」と言いますが。
まさに、花が開いた瞬間でした。少なくとも私には。
私の場合。
「九份」という文字をググって、ウィキでその街の概要を学んでみたり。
「九扮 千と千尋」でさらにググって。
「九份」という街の様子を画像で学んでみたり。
思い出を共有し、それに共感するだけで。
多くの知識を得ることができました。
きっかけは何でも良いかもしれません。
まずは、興味あることから、色んな分野に広げていく。
それだけでも、十二分に価値のあることだなと。
以上が、帰国報告会の雑感でした m(_ _)m
下の写真は、国際交流センターより提供頂きました。

感謝です。
ばいちゃ。
玻名城です。
昨日、お古さんより、国際交流センター主催の帰国報告会の記事がUPされましたが。
私も実は、後方でひっそりと聞いていました。
お古さん同様に。
台湾の『九份』の街の風景に。
「行ってみたい」と。
もの凄くテンションが上がった1人です。
実は、後ろから見ていて、九份のスライドが出たときの学生のざわめきが一番大きかったと記憶してます。
私だけではなく、参加していた多くの学生が。
「いつかは行きたい」という思いを持ったのかもしれません。
帰国報告会という場で。
学生同士で「思い出」を語り合うことで。
海外語学・文化セミナーに参加しなかった学生とも体験を共有する。
そして、その体験に共感することで、「セミナーに行ってみたい」と、多くの学生が主体性を持ち始める。
そんな瞬間だったのではないかと感じています。
よく「思い出話に花を咲かせる」と言いますが。
まさに、花が開いた瞬間でした。少なくとも私には。
私の場合。
「九份」という文字をググって、ウィキでその街の概要を学んでみたり。
「九扮 千と千尋」でさらにググって。
「九份」という街の様子を画像で学んでみたり。
思い出を共有し、それに共感するだけで。
多くの知識を得ることができました。
きっかけは何でも良いかもしれません。
まずは、興味あることから、色んな分野に広げていく。
それだけでも、十二分に価値のあることだなと。
以上が、帰国報告会の雑感でした m(_ _)m
下の写真は、国際交流センターより提供頂きました。
感謝です。
ばいちゃ。
2012年04月16日
2011年度春期海外語学・文化セミナーの帰国報告会
左膝に早稲田の名残があります。
どうも、お古です。
先週の金曜日(4月13日)本学5号館(5-107教室)にて
2011年度春期海外語学・文化セミナーの帰国報告会が行われました。
東海大学(台湾)へ約3週間の短期留学をした4名の学生さん、
マッコリ-大学(オーストラリア)へ約4週間の短期留学をした13名の学生さんが、
留学先で学んだ貴重な体験をパワーポイントを用いて活き活きと報告していました。
ジブリアニメ「千と千尋の神隠し」の舞台のモデルではないかといわれている
台湾北部の山間の町、九扮(キュウフン)のスライドを見たときにはちょっとテンションが上がりました。
留学先の大学で語学を学ぶだけでなく、休日にはプチ観光をしてその土地の空気、文化を満喫してきたそうです。
海外語学・文化セミナーは、共通科目・国際理解科目群の授業科目となっており、
春休みや夏休みを利用して台湾、オーストラリア、韓国へ短期の語学留学ができる制度です。
担当者である国際交流センターの嶺井さんのお話によると、
留学先では多くの人に多様な場面で、たくさんお世話になるそうです。人と人のつながりに感動し、感謝の気持ちを抱くようになることで、語学のモチベーションが上がるだけでなく、コミュニケーション能力や社会性が向上していきます。帰国後の学生さんを見ていると、普段の学生生活でも学業に対して積極性を感じるそうです。
また、この短期留学の制度を利用したことによって、さらに今度は長期の留学をする学生もいるそうです。
私は普段、自分の視野の狭さも手伝って、
沖縄国際大学の「沖縄(OKINAWA)」の部分しか見えていなかったのですが、
今回の帰国報告会を通して、
沖縄国際大学の「国際(INTERNATIONAL)」の部分を垣間見ることができました。
さて、
留学先での様子について、セミナー写真展がありますので、ふらっとみてみて下さいね。
本学5号館1階のロビーにて4月13日~27日の期間で展示しています。
九扮(キュウフン)の写真もありましたよ。
次回の予告として、
帰国報告会で報告をした学生さんにインタビューをすることができましたので、
その内容をお伝えします。
以下は、帰国報告会の様子です。(和史君に撮影を手伝ってもらいました。)
どうも、お古です。
先週の金曜日(4月13日)本学5号館(5-107教室)にて
2011年度春期海外語学・文化セミナーの帰国報告会が行われました。
東海大学(台湾)へ約3週間の短期留学をした4名の学生さん、
マッコリ-大学(オーストラリア)へ約4週間の短期留学をした13名の学生さんが、
留学先で学んだ貴重な体験をパワーポイントを用いて活き活きと報告していました。
ジブリアニメ「千と千尋の神隠し」の舞台のモデルではないかといわれている
台湾北部の山間の町、九扮(キュウフン)のスライドを見たときにはちょっとテンションが上がりました。
留学先の大学で語学を学ぶだけでなく、休日にはプチ観光をしてその土地の空気、文化を満喫してきたそうです。
海外語学・文化セミナーは、共通科目・国際理解科目群の授業科目となっており、
春休みや夏休みを利用して台湾、オーストラリア、韓国へ短期の語学留学ができる制度です。
担当者である国際交流センターの嶺井さんのお話によると、
留学先では多くの人に多様な場面で、たくさんお世話になるそうです。人と人のつながりに感動し、感謝の気持ちを抱くようになることで、語学のモチベーションが上がるだけでなく、コミュニケーション能力や社会性が向上していきます。帰国後の学生さんを見ていると、普段の学生生活でも学業に対して積極性を感じるそうです。
また、この短期留学の制度を利用したことによって、さらに今度は長期の留学をする学生もいるそうです。
私は普段、自分の視野の狭さも手伝って、
沖縄国際大学の「沖縄(OKINAWA)」の部分しか見えていなかったのですが、
今回の帰国報告会を通して、
沖縄国際大学の「国際(INTERNATIONAL)」の部分を垣間見ることができました。
さて、
留学先での様子について、セミナー写真展がありますので、ふらっとみてみて下さいね。
本学5号館1階のロビーにて4月13日~27日の期間で展示しています。
九扮(キュウフン)の写真もありましたよ。
次回の予告として、
帰国報告会で報告をした学生さんにインタビューをすることができましたので、
その内容をお伝えします。
以下は、帰国報告会の様子です。(和史君に撮影を手伝ってもらいました。)
2012年04月12日
フレッシュマンテスト。
中山@教学課です。
「鉄は熱いうちに打て!」
沖国大では、入学したばかりの1年次にテストを課しています。

その名も「フレッシュマンテスト」
なぜこんなテストを課しているか・・・・。
入学時点での基礎学力を測るためです。
基礎学力を把握することで・・・。
「おっと、もうちょっと基礎を学ばなくっちゃ」とか、「お、なかなか出来ているぞ。もっと学ぶと、もっと賢くなっちゃう?」
などのフレーズが学生から紡ぎ出されることを、実は期待しています
小難しく、ややかっこつけて、フレッシュマンテストのねらいを言うと。
“「主体的な学びを育む」ための起爆剤にしたい“といった感じです。
在学生のみなさま。
ねらい通りの効果が発揮されているでしょうか。
また、もう一つの大きなねらいとしては。
先生方が、授業の難易度を設定するときの目安にできるということです。
できる学生にあわせた授業にするのか
中間層にあわせた授業にするのか
できない学生にあわせた授業にするのか
どこにあわせるのか。あわせるべきなのか・・・。
大学の先生方の「大きな悩みである」とよく伺います。
沖縄国際大学の学生は。
一定の学力を有した学生が、輪切りにされて入ってくる頃とは大きく変わり、現在、実に多様な学生が入学しています。
これくらいは出来るだろうと思って、講義をすると・・・・学生の反応が?!
え?この言葉の意味、通じていないの・・・とショックを受けたという話は良く耳にします。
この現象は、沖縄国際大学だけではなく、全国にある700余りの大学のほとんどで聞こえてくる話です。
これまでの大学教育の価値観。
つまり、学ぶも学ばないも学生次第という考え方は成り立たなくなっています。
教職員も学生も、いかに「学び」を意識するか。
「学び」を意識することが、これからの大きなテーマですね。
【余談】
ちなみに・・・・・「数学」を解いてみました。
忘れているから出来ないのか、それとも もとから出来ないのか・・・・。
ショック・・・です。
ぺこり m(_ _)m
「鉄は熱いうちに打て!」
沖国大では、入学したばかりの1年次にテストを課しています。
その名も「フレッシュマンテスト」
なぜこんなテストを課しているか・・・・。
入学時点での基礎学力を測るためです。
基礎学力を把握することで・・・。
「おっと、もうちょっと基礎を学ばなくっちゃ」とか、「お、なかなか出来ているぞ。もっと学ぶと、もっと賢くなっちゃう?」
などのフレーズが学生から紡ぎ出されることを、実は期待しています

小難しく、ややかっこつけて、フレッシュマンテストのねらいを言うと。
“「主体的な学びを育む」ための起爆剤にしたい“といった感じです。
在学生のみなさま。
ねらい通りの効果が発揮されているでしょうか。
また、もう一つの大きなねらいとしては。
先生方が、授業の難易度を設定するときの目安にできるということです。
できる学生にあわせた授業にするのか
中間層にあわせた授業にするのか
できない学生にあわせた授業にするのか
どこにあわせるのか。あわせるべきなのか・・・。
大学の先生方の「大きな悩みである」とよく伺います。
沖縄国際大学の学生は。
一定の学力を有した学生が、輪切りにされて入ってくる頃とは大きく変わり、現在、実に多様な学生が入学しています。
これくらいは出来るだろうと思って、講義をすると・・・・学生の反応が?!
え?この言葉の意味、通じていないの・・・とショックを受けたという話は良く耳にします。
この現象は、沖縄国際大学だけではなく、全国にある700余りの大学のほとんどで聞こえてくる話です。
これまでの大学教育の価値観。
つまり、学ぶも学ばないも学生次第という考え方は成り立たなくなっています。
教職員も学生も、いかに「学び」を意識するか。
「学び」を意識することが、これからの大きなテーマですね。
【余談】
ちなみに・・・・・「数学」を解いてみました。
忘れているから出来ないのか、それとも もとから出来ないのか・・・・。
ショック・・・です。
ぺこり m(_ _)m
2012年04月11日
教育支援者の事前研修会がありましたのよ。
ごきげんよう。こ古です。
教育支援者(TA・SA)の事前研修会が4月5日にあったのです。
今日はその様子をお伝えするですわ。
お古は研修会の参加者なので、わたくしがブログを書きますわね。
(なぜかはここをチェック。)
教育支援者(TA・SA)の皆さんは、四月からサポートを開始していくのですが、
その前に、そもそも教育支援者って何だろう。どのような目的、目標で、サポートしたらいいのだろう。
ということを研修会を通して、「聴いて」「考える」ひとときを過ごすんですのよ。
まずは、「TA・SAの心構えについて」そして「教育支援者ハンドブックの概要」、「ハラスメント」についても説明があるんですの。
また、教育支援経験者ということで安里真由子さんからもお話をしていただきましたのよ。
サポートをするにあたって、一押しの心得は「とにかく声かけをする」こと。
受講生は質問したくても緊張してなかなか質問できない、だから声をかけていくことが大事ということでした。
ちょっと休憩したあとに、ワークショップもありましたの。
ワークショップでは、「理想の教育支援者像」を考えたのです。
それぞれのグループでわいわい話し合いをしていました。
話し合った内容を一言にまとめて発表するのですが、なぜかお古が発表者に。
緊張したそうよ。
研修会の様子はこんなふうでした。
写真は成り行きで和史君が撮ってくれましてよ。ありがとね。
教育支援者(TA・SA)の事前研修会が4月5日にあったのです。
今日はその様子をお伝えするですわ。
お古は研修会の参加者なので、わたくしがブログを書きますわね。
(なぜかはここをチェック。)
教育支援者(TA・SA)の皆さんは、四月からサポートを開始していくのですが、
その前に、そもそも教育支援者って何だろう。どのような目的、目標で、サポートしたらいいのだろう。
ということを研修会を通して、「聴いて」「考える」ひとときを過ごすんですのよ。
まずは、「TA・SAの心構えについて」そして「教育支援者ハンドブックの概要」、「ハラスメント」についても説明があるんですの。
また、教育支援経験者ということで安里真由子さんからもお話をしていただきましたのよ。
サポートをするにあたって、一押しの心得は「とにかく声かけをする」こと。
受講生は質問したくても緊張してなかなか質問できない、だから声をかけていくことが大事ということでした。
ちょっと休憩したあとに、ワークショップもありましたの。
ワークショップでは、「理想の教育支援者像」を考えたのです。
それぞれのグループでわいわい話し合いをしていました。
話し合った内容を一言にまとめて発表するのですが、なぜかお古が発表者に。
緊張したそうよ。
研修会の様子はこんなふうでした。
写真は成り行きで和史君が撮ってくれましてよ。ありがとね。
2012年04月09日
自己紹介&初出勤

はじめまして。
こんにちは、ヒガッスです。
本日から、教学課で
アルバイトを始めます。
沖国大大学院
地域文化研究科
南島文化専攻
に入学しました。
比嘉和史です。
以下、「ヒガッス」で通しますので
どうぞ宜しくお願い致します。
では、簡単に僕の自己紹介をします。
沖国大、日文を卒業しまして
現在の研究科に入学しました。
好きな食べ物は、寿司と焼き肉です。
好きな歌手は、EXILEです。
ブログは初心者ですが
適宜更新する予定ですので
どうぞ宜しくお願い致します。
2012年04月05日
春休み早稲田の旅
どうも、お古です。
4月になりました。入学式もありました。新しい何かがやってくる季節です。
あらためて、このブログのこと宜しくお願いします。
さて、ところで、春休みのおわり頃、私、早稲田に行っておりました。
玻名城さんが予告してくださったので、説明は省いて、私の「春休み早稲田の旅」を綴ってみようと思います。日記風に。

3月27日(火)
荷造り。所謂リュックサック1つに持っていくものをまとめる。
いつもより早く寝ようとするが寝つきが悪い。わくわくしている。電車の乗継の確認をする。深夜2時。
3月28日(水)
ナウアライビングおもろまち。年度末で忙しい時期に連休を頂くという暴挙を許して下さった教学課のみなさんに感謝。おいしいお土産を買って帰ろうと思う。
予定よりも少しだけ遅れて羽田に到着。ただ今13時ちょっと。東京の空気を肺に満たす。思ったより寒くない。
ホテルにチェックイン。高田馬場駅周辺徒歩一分未満の場所にあるのに迷ってしまった。
フロントにルームキーを預けて早稲田へ下見。目的地までのみちみち、私はわくわくである。道なりに進んでいけば右にも左にも古本屋である。
早稲田大学の構内もうきうきしながらうろうろした。途中雨の匂いを感じたが、なんとか晴れてくれた。
いつの間にか夜である。夕飯はラーメン。うまし。しかし、帰り道、迷子になってしまった。交差点で方向を間違えたのがいけない。今回の旅はどうも地図が役に立たない。
歩き疲れてホテルに到着、就寝、ぐったり。
3月29日(木)
起床。足が痛い。正確には足の骨が痛い。朝食のオレンジジュースとクロワッサンがうまい。
シンポジウムの会場に到着。学問の空気。いよいよである。
初日に、「組踊とは何か――組踊の伝統と継承」と題して、狩俣先生、田場先生、真栄里さん、宮城さんの報告があった。司会は西岡先生である。実は、狩俣先生が中心となって行っている、組踊研究会という勉強会に私も参加させてもらっている。そこで今回のシンポジウムのことを知ったのである。これは行くしかない。というわけである。
お昼は、狩俣先生方とご一緒させてもらった。打ち合わせをしている傍らでそばを食べる私。
お昼時間、先生方と構内にある「演劇博物館」を見学。とても良かった。シェイクスピアであったり、能や歌舞伎、民俗芸能に至るまで、演劇の世界に浸ることのできる空間だった。「つかこうへいの70年代展」もおもしろかったが、「逍遥書簡展」も楽しかった。

それにしても、足が痛い。歩き過ぎである。普段いかに歩いていないかが分かる。これは生活習慣を改める必要がある。初日の全報告が終わり、その後に懇親会があったのだが、せっかくの機会と思いつつも体力に限界を感じてしまい参加を断念。
3月30日(金)
右ふくらはぎに重みを感じつつ起床。やっぱり足が痛い。イチゴジャムがうまい。
身支度をすませ、ホテルを出る。フロントにルームキーを預ける。「チェックアウトですか。」と聞かれた。違う違う。
駅周辺の景色も見慣れてきた。やたらコンビニが多い。自転車がよく通る。看板には「カラオケ」「学生ローン」の文字、むむ、交差点め。あれは何の神社だろうか。あ、銭湯がある。早稲田に近づくにつれ、お店に貼ってある「入学おめでとう」「新入部員歓迎〇〇〇部」などと書いてあるポスターが目立つようになってきた。「W」の旗もある。ちょっとしたパレードだ。ちょうど入学式シーズンにシンポジウムの日程が重なっていたのである。良い時期にやってきたように思う。

早稲田の活気あるキャンパスライフに憧れを抱きながら、門をくぐる。さわがしくなる。早稲田の学生さん達がてんやわんや。人ごみで前に進めない。楽しい気持ちに困惑が加わっていく。サークルに勧誘されてしまった。ビラを何枚と受け取ってしまった。
一転、会場は静かである。少し乱れた呼吸を整える。静と動、極端な空間が隣り合っている。しかし、どちらにも学びの門は開かれている。
3月31日(土)
最終日、起床。今度は左膝の関節が痛い。昨日の夕飯はカップ麺だった。10秒でゼリーをチャージする。リュクサックが重い。本を数冊買ったせいだ。
ちゃんとチェックアウトして会場へ向かう。今日は風が強い。飛ばされるかと思った。
あっという間に最終日を迎えてしまった感じがする。プログラムの関係で、聞きたいけど聞けなかった報告もいっぱいあった。どの報告を聞いても勉強になることばかりで、とても贅沢な時間を過ごすことができたと思っている。
自分が研究している内容と直接関係がなくても、全く無関係というわけではない。むしろ意外な共通点があったりする。今回のシンポジウムでは、報告を聞くという行為を通して自分の研究と向き合う時間を過ごしていたと思う。それもかなり濃密な。そして、早稲田という場所を体感できたことも嬉しかった。私は「黒ダイヤ」という作品を研究しているのだが、その作者である太田良博先生は早稲田大学で学んでいたのだから。
外は雨である。膝の痛みはいずれ消えていくが、今回感じた学びは消えないようにしっかりと心に留めて置きたいと思った。
さて、クロージングパネルである。最後まで聞きたかったが、飛行機の時間を考えて途中で切り上げることにした。残念。しかしもっと残念なのは、電車を乗り間違えたことである。羽田行きと羽田方面を見間違えた結果がタイムロスを生んだ。飛行機にはちゃんと間に合ったが空港でお土産を買うことはできなかった。トホホ。
深夜2時、那覇空港に到着。沖縄の空気に包まれた。意外と寒いものである。
行きの時は気付かなかったが、ロビーには他と並んで「沖縄国際大学」と書かれた広告が掲げてあった。私にも学びの門は開かれている。そう考えていいと思った。
翌日、新都心にお土産を買いに行った。
4月になりました。入学式もありました。新しい何かがやってくる季節です。
あらためて、このブログのこと宜しくお願いします。
さて、ところで、春休みのおわり頃、私、早稲田に行っておりました。
玻名城さんが予告してくださったので、説明は省いて、私の「春休み早稲田の旅」を綴ってみようと思います。日記風に。

3月27日(火)
荷造り。所謂リュックサック1つに持っていくものをまとめる。
いつもより早く寝ようとするが寝つきが悪い。わくわくしている。電車の乗継の確認をする。深夜2時。
3月28日(水)
ナウアライビングおもろまち。年度末で忙しい時期に連休を頂くという暴挙を許して下さった教学課のみなさんに感謝。おいしいお土産を買って帰ろうと思う。
予定よりも少しだけ遅れて羽田に到着。ただ今13時ちょっと。東京の空気を肺に満たす。思ったより寒くない。
ホテルにチェックイン。高田馬場駅周辺徒歩一分未満の場所にあるのに迷ってしまった。
フロントにルームキーを預けて早稲田へ下見。目的地までのみちみち、私はわくわくである。道なりに進んでいけば右にも左にも古本屋である。
早稲田大学の構内もうきうきしながらうろうろした。途中雨の匂いを感じたが、なんとか晴れてくれた。
いつの間にか夜である。夕飯はラーメン。うまし。しかし、帰り道、迷子になってしまった。交差点で方向を間違えたのがいけない。今回の旅はどうも地図が役に立たない。
歩き疲れてホテルに到着、就寝、ぐったり。
3月29日(木)
起床。足が痛い。正確には足の骨が痛い。朝食のオレンジジュースとクロワッサンがうまい。
シンポジウムの会場に到着。学問の空気。いよいよである。
初日に、「組踊とは何か――組踊の伝統と継承」と題して、狩俣先生、田場先生、真栄里さん、宮城さんの報告があった。司会は西岡先生である。実は、狩俣先生が中心となって行っている、組踊研究会という勉強会に私も参加させてもらっている。そこで今回のシンポジウムのことを知ったのである。これは行くしかない。というわけである。
お昼は、狩俣先生方とご一緒させてもらった。打ち合わせをしている傍らでそばを食べる私。
お昼時間、先生方と構内にある「演劇博物館」を見学。とても良かった。シェイクスピアであったり、能や歌舞伎、民俗芸能に至るまで、演劇の世界に浸ることのできる空間だった。「つかこうへいの70年代展」もおもしろかったが、「逍遥書簡展」も楽しかった。

それにしても、足が痛い。歩き過ぎである。普段いかに歩いていないかが分かる。これは生活習慣を改める必要がある。初日の全報告が終わり、その後に懇親会があったのだが、せっかくの機会と思いつつも体力に限界を感じてしまい参加を断念。
3月30日(金)
右ふくらはぎに重みを感じつつ起床。やっぱり足が痛い。イチゴジャムがうまい。
身支度をすませ、ホテルを出る。フロントにルームキーを預ける。「チェックアウトですか。」と聞かれた。違う違う。
駅周辺の景色も見慣れてきた。やたらコンビニが多い。自転車がよく通る。看板には「カラオケ」「学生ローン」の文字、むむ、交差点め。あれは何の神社だろうか。あ、銭湯がある。早稲田に近づくにつれ、お店に貼ってある「入学おめでとう」「新入部員歓迎〇〇〇部」などと書いてあるポスターが目立つようになってきた。「W」の旗もある。ちょっとしたパレードだ。ちょうど入学式シーズンにシンポジウムの日程が重なっていたのである。良い時期にやってきたように思う。

早稲田の活気あるキャンパスライフに憧れを抱きながら、門をくぐる。さわがしくなる。早稲田の学生さん達がてんやわんや。人ごみで前に進めない。楽しい気持ちに困惑が加わっていく。サークルに勧誘されてしまった。ビラを何枚と受け取ってしまった。
一転、会場は静かである。少し乱れた呼吸を整える。静と動、極端な空間が隣り合っている。しかし、どちらにも学びの門は開かれている。
3月31日(土)
最終日、起床。今度は左膝の関節が痛い。昨日の夕飯はカップ麺だった。10秒でゼリーをチャージする。リュクサックが重い。本を数冊買ったせいだ。
ちゃんとチェックアウトして会場へ向かう。今日は風が強い。飛ばされるかと思った。
あっという間に最終日を迎えてしまった感じがする。プログラムの関係で、聞きたいけど聞けなかった報告もいっぱいあった。どの報告を聞いても勉強になることばかりで、とても贅沢な時間を過ごすことができたと思っている。
自分が研究している内容と直接関係がなくても、全く無関係というわけではない。むしろ意外な共通点があったりする。今回のシンポジウムでは、報告を聞くという行為を通して自分の研究と向き合う時間を過ごしていたと思う。それもかなり濃密な。そして、早稲田という場所を体感できたことも嬉しかった。私は「黒ダイヤ」という作品を研究しているのだが、その作者である太田良博先生は早稲田大学で学んでいたのだから。
外は雨である。膝の痛みはいずれ消えていくが、今回感じた学びは消えないようにしっかりと心に留めて置きたいと思った。
さて、クロージングパネルである。最後まで聞きたかったが、飛行機の時間を考えて途中で切り上げることにした。残念。しかしもっと残念なのは、電車を乗り間違えたことである。羽田行きと羽田方面を見間違えた結果がタイムロスを生んだ。飛行機にはちゃんと間に合ったが空港でお土産を買うことはできなかった。トホホ。
深夜2時、那覇空港に到着。沖縄の空気に包まれた。意外と寒いものである。
行きの時は気付かなかったが、ロビーには他と並んで「沖縄国際大学」と書かれた広告が掲げてあった。私にも学びの門は開かれている。そう考えていいと思った。
翌日、新都心にお土産を買いに行った。
2012年03月31日
お古 in 早稲田大学。
んちゃ。
玻名城です。
お古さんは、この月末。
早稲田大学へ研究の旅へ出ています。
ちなみに、早稲田で何を!?
といえば、コレ ↓
復帰40年沖縄国際シンポジウム

早稲田大学 琉球・沖縄研究所主催です。
お古さんによると。
ブログにアップしたい事はいくつかあるのでがんばって旅行記を書きたいです♪
と力強いコメント。
今年度は今日で終わりますが。
この1年。
教学課はお古さんにだいぶ救われました。
だいぶです。かなりですぞ。
ありがとう。次年度もよろしく。
ということで。
次年度も引き続き、このブログをよろしくお願いします。
ばいちゃ。
玻名城です。
お古さんは、この月末。
早稲田大学へ研究の旅へ出ています。
ちなみに、早稲田で何を!?
といえば、コレ ↓
復帰40年沖縄国際シンポジウム

早稲田大学 琉球・沖縄研究所主催です。
お古さんによると。
ブログにアップしたい事はいくつかあるのでがんばって旅行記を書きたいです♪
と力強いコメント。
今年度は今日で終わりますが。
この1年。
教学課はお古さんにだいぶ救われました。
だいぶです。かなりですぞ。
ありがとう。次年度もよろしく。
ということで。
次年度も引き続き、このブログをよろしくお願いします。
ばいちゃ。
2012年03月16日
沖縄国際大学は、卒業式です。
んちゃ。
玻名城です。
今日は、沖縄国際大学の卒業式です。

卒業生のみなさん。
おめでと~
ぱちぱちぱち
卒業生全員に”のまんじゅう”を差し上げたいところですが。
それは、ムリなので・・・。
画像をもってお祝いとさせてください。

今後の活躍に期待しています。
いつもは、「ばいちゃ!」で締めくくりますが。
『♪さよならは別れの言葉じゃなくて~再び会うまでの遠い約束♪』なので。
またね!!
玻名城です。
今日は、沖縄国際大学の卒業式です。

卒業生のみなさん。
おめでと~
ぱちぱちぱち

卒業生全員に”のまんじゅう”を差し上げたいところですが。
それは、ムリなので・・・。
画像をもってお祝いとさせてください。

今後の活躍に期待しています。
いつもは、「ばいちゃ!」で締めくくりますが。
『♪さよならは別れの言葉じゃなくて~再び会うまでの遠い約束♪』なので。
またね!!
2012年03月14日
ホワイトデー
どうも、お古です。
今日はホワイトデーですね。
ということで、
教学課の男性陣からお姉様方へ日頃の感謝を込めて
えい!
玻名城さんから
「プチスイートのロールケーキ」
お古から
「モルゾフのチョコレート」



こういうイベントは
なぜか渡す方が照れるんですね。
今日はホワイトデーですね。
ということで、
教学課の男性陣からお姉様方へ日頃の感謝を込めて
えい!
玻名城さんから
「プチスイートのロールケーキ」
お古から
「モルゾフのチョコレート」



※ちゃんと人数分に切り分けています。
こういうイベントは
なぜか渡す方が照れるんですね。
2012年03月10日
大濱信泉氏と沖縄国際大学。
んちゃ。
玻名城@教学課です。
さっそくですが。
本題に。
大濱信泉(おおはま のぶもと)氏。
第7代早稲田大学総長(1954年 - 1966年)。
法学者。
そんな偉い人と、沖縄国際大学の設立には大きな関わりがあります。

大濱氏は、早稲田大学総長の実務を取り仕切る中で、沖縄復帰運動にも大きく関わっていました。
詳しくは、コチラから。
また、復帰に際して、沖縄の私立大学の諸問題の解決に尽力する中で。
沖縄国際大学の設立に多大な貢献をされたお方です。
このお方がいなければ、沖縄国際大学は無かった!
といっても決して言いすぎではありません。
詳しくは、「沖縄国際大学十年史」で、とても生々しく、開学までの道程が記されています。

沖国ファンのあなた。
沖縄の近現代史に興味のあるあなた。
必読書です。
また。
石垣島には、大濱信泉記念館があります。
石垣島と言えば。
具志堅用高記念館が有名ですが。
石垣島に行った際は、大濱信泉記念館も一度、訪れてみてはいかがでしょうか。
下記は、大濱信泉が後生に残した言葉です。
「人の価値は、生まれた場所によって決まるものではない。いかに努力し、自分を磨くかによってきまるものである。」
深いコトバです。
ところで。
復帰に際しての沖縄の私立大学の諸問題って何?
ってことですが。
それは、またの機会に。
ばいちゃ。
玻名城@教学課です。
さっそくですが。
本題に。
大濱信泉(おおはま のぶもと)氏。
第7代早稲田大学総長(1954年 - 1966年)。
法学者。
そんな偉い人と、沖縄国際大学の設立には大きな関わりがあります。

大濱氏は、早稲田大学総長の実務を取り仕切る中で、沖縄復帰運動にも大きく関わっていました。
詳しくは、コチラから。
また、復帰に際して、沖縄の私立大学の諸問題の解決に尽力する中で。
沖縄国際大学の設立に多大な貢献をされたお方です。
このお方がいなければ、沖縄国際大学は無かった!
といっても決して言いすぎではありません。
詳しくは、「沖縄国際大学十年史」で、とても生々しく、開学までの道程が記されています。

沖国ファンのあなた。
沖縄の近現代史に興味のあるあなた。
必読書です。
また。
石垣島には、大濱信泉記念館があります。
石垣島と言えば。
具志堅用高記念館が有名ですが。
石垣島に行った際は、大濱信泉記念館も一度、訪れてみてはいかがでしょうか。
下記は、大濱信泉が後生に残した言葉です。
「人の価値は、生まれた場所によって決まるものではない。いかに努力し、自分を磨くかによってきまるものである。」
深いコトバです。
ところで。
復帰に際しての沖縄の私立大学の諸問題って何?
ってことですが。
それは、またの機会に。
ばいちゃ。
2012年03月09日
2011年度教育支援者事後研修会
どうも、お古です。
一年または半年の業務を終えた教育支援者(TA・SA)の研修会がありました。
事後の研修です。
・グループ作り
・「志」を語る
・共通の「志」を探す
・各グループの「志」を聴く
というワークを通して、これまでの業務をふり返り、
次年度の教育支援者へ向けて「引継書」を書いてもらいました。
教育支援者といっても学年や学科、担当した科目等はばらばらです。
でも、業務を通じて「良かったこと」「嬉しかったこと」「苦しかったこと」「辛かったこと」を話し合っていくと、そこには共通する内容があります。
その共通した内容は、次年度の教育支援者にとって心強いアドバイスになります。
今回は、教育支援者の普遍性を探るという大切な研修会でした。
沖国大の教育支援者制度が充実していく過程を垣間見た気分。
研修の様子です。
事後の研修です。
・グループ作り
・「志」を語る
・共通の「志」を探す
・各グループの「志」を聴く
というワークを通して、これまでの業務をふり返り、
次年度の教育支援者へ向けて「引継書」を書いてもらいました。
教育支援者といっても学年や学科、担当した科目等はばらばらです。
でも、業務を通じて「良かったこと」「嬉しかったこと」「苦しかったこと」「辛かったこと」を話し合っていくと、そこには共通する内容があります。
その共通した内容は、次年度の教育支援者にとって心強いアドバイスになります。
今回は、教育支援者の普遍性を探るという大切な研修会でした。
沖国大の教育支援者制度が充実していく過程を垣間見た気分。
研修の様子です。
おわり。
2012年03月06日
沖縄国際大学創立40周年。
んちゃ
玻名城@教学課です。
久々の書き込みです。
もうすでに過ぎてしまいましたが。
2012年2月25日は、沖縄国際大学の40歳の誕生日でした。
1972年の2月24日に。
琉球政府私立大学委員会より「学校法人沖縄国際大学設置」が認可され。
1972年の2月25日に。
学校法人沖縄国際大学設立されました。
なので、2012年2月25日で40歳なんです。
パチパチパチ
本学に限らず、沖縄県内の多くの企業も、40歳を迎えるところが多いのだとか。
ちなみに、40年前の沖縄国際大学は、こんな感じでした。

創立時の受験料は、10ドル。
円ではなくドル。
固定相場制から変動相場制へ移り変わろうとするまっただ中。
照屋林助さんの「どるどるどん」が歌われた頃。
時代を感じますねえ。
40年が経過し。
2012年2月25日付けの沖縄タイムスの紙面はこんな感じでした。

みなさん。
ご覧になりましたか?
そして、40歳の式典は国内外から多くの方々をお招きして盛大に行われました。
2012年度に本学では、40周年記念事業が展開されますが。
このブログでも、沖縄国際大学の40年を振り返る記事を書いていく予定です。
ばいちゃ。
玻名城@教学課です。
久々の書き込みです。
もうすでに過ぎてしまいましたが。
2012年2月25日は、沖縄国際大学の40歳の誕生日でした。
1972年の2月24日に。
琉球政府私立大学委員会より「学校法人沖縄国際大学設置」が認可され。
1972年の2月25日に。
学校法人沖縄国際大学設立されました。
なので、2012年2月25日で40歳なんです。
パチパチパチ

本学に限らず、沖縄県内の多くの企業も、40歳を迎えるところが多いのだとか。
ちなみに、40年前の沖縄国際大学は、こんな感じでした。

創立時の受験料は、10ドル。
円ではなくドル。
固定相場制から変動相場制へ移り変わろうとするまっただ中。
照屋林助さんの「どるどるどん」が歌われた頃。
時代を感じますねえ。
40年が経過し。
2012年2月25日付けの沖縄タイムスの紙面はこんな感じでした。

みなさん。
ご覧になりましたか?
そして、40歳の式典は国内外から多くの方々をお招きして盛大に行われました。
2012年度に本学では、40周年記念事業が展開されますが。
このブログでも、沖縄国際大学の40年を振り返る記事を書いていく予定です。
ばいちゃ。
2012年03月05日
かつらパン
どうも、お古です。
おなかが空いた時、パンって手頃ですよね。
時々、教学課まで出張で「OKIRAKU Café」がやってきます。
かつらパンです。
おなかが空いた時、パンって手頃ですよね。
時々、教学課まで出張で「OKIRAKU Café」がやってきます。
かつらパンです。

教学課のかつらさんがモデルです。
いろんな表情があります。
いろんな表情があります。

リクエストをしたら自分の顔をパンにしてくれるとか・・・
そこで、こ古パンをお願いしてみました。
どうなるかはお楽しみ。
そこで、こ古パンをお願いしてみました。
どうなるかはお楽しみ。



